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私のつくば市

発展(はってん)する国際都市(こくさいとし)つくば

2013年12月 3日 17:58

 つくばに最初(さいしょ)に来(き)たのは2002年の2月、まだつくばエクスプレスも通(とお)ってない頃(ころ)でした。なんとか、つくばセンターに着(つ)いて、予約(よやく)したホテルを探(さが)そうとしましたが、なかなか道(みち)を聞(き)ける人(ひと)に出会(であ)えなくて困(こま)ったことを今(いま)でも覚(おぼ)えています。

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 つくばは、科学(かがく)と自然(しぜん)が見事(みごと)に調和(ちょうわ)している街(まち)です。筑波大学(つくばだいがく)やJAXAなど,たくさんの研究教育施設(けんきゅうきょういくしせつ)があります。約(やく)2万人(まんにん)の研究者(けんきゅうしゃ)がいる、日本最大(にほんさいだい)の研究拠点(けんきゅうきょてん)です。また研究(けんきゅう)に最適(さいてき)な環境(かんきょう)がよく整(ととの)えられている街(まち)です。緑(みどり)豊(ゆた)かな街(まち)であり、たくさんの公園(こうえん)があります。特(とく)にペデストリアンデッキ沿(ぞ)いはよく整(ととの)えられており、ジョギングコースに最適(さいてき)です。それにつながる洞峰公園(どうほうこうえん)などは本当(ほんとう)にきれいで、よく訪(おとず)れていました。

 また、つくばは年々(ねんねん)、発展(はってん)する街(まち)です。私は韓国人(かんこくじん)のため、兵役(へいえき)があって3年近(ちか)くつくばを離(はな)れていましたが、つくばに戻(もど)ってきたとき、その変化(へんか)にたいへん驚(おどろ)きました。まずつくばエクスプレスが開通(かいつう)し、東京(とうきょう)へのアクセスがとてもよくなりました。それに伴(ともな)いどんどん街(まち)が発展(はってん)していくのを肌(はだ)で感(かん)じました。たくさんのショッピングモールができ、街並(まちな)みもさらに整(ととの)えられていきました。

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 何(なに)よりも大(おお)きな変化(へんか)は、世界中(せかいじゅう)からもっと多(おお)くの人が来(く)るようになったことです。以前(いぜん)からもたくさんの国(くに)からの人々(ひとびと)がいましたが、筑波大学(つくばだいがく)は年々(ねんねん)留学生(りゅうがくせい)を増(ふ)やしており、また研究機関(けんきゅうきかん)も国際化(こくさいか)してきています。大学(だいがく)や街(まち)の中(なか)を歩(ある)いているとあらゆる国(くに)の人々(ひとびと)と出会(であ)うことができます。わざわざ外国(がいこく)に行(い)かなくても、あらゆる国(くに)の人々(ひとびと)と交流(こうりゅう)できるのも、つくばの大(おお)きな魅力(みりょく)だと思(おも)います。


 つくば市は日本(にほん)では珍(めずら)しく、地方都市(ちほうとし)の中(なか))でも人口(じんこう)が増(ふ)えている都市(とし)です。また外国人(がいこくじん)もどんどん増(ふ)えている都市(とし)です。さらに住(す)みやすく整(ととの)えられ、またあらゆる国(くに)の人々(ひとびと)と交流(こうりゅう)できる都市(とし)として、ますます発展(はってん)していくつくばに、これからも住(す)み続(つづ)けたいと思(おも)います。

留学生交流員 高 秉煜 (こう びょんうく)

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